この記事では現役化学者・とまてんがマタドガスの特性:かがくへんかガスの正体について考察します!
マタドガスについての基本情報
初代ポケットモンスター赤緑版から登場している毒ガスポケモン・マタドガス。ドガースの進化系で、稀に見つかる双子のドガースという図鑑設定になっています。進化というより融合のようなものなのかもしれません。毒単タイプであり、第八世代ソード・シールドでは毒・フェアリー複合タイプのガラルマタドガスも登場し、そのユニークな見た目から話題になりました。
アニメではロケット団のコジロウの初代相棒ポケモンであり、カントー地方のジムリーダー・毒タイプ使いのキョウ(現カントー四天王)の手持ちポケモンでもありますね。
双子のドガースという意味で「又(マタ)+ドガース」、あるいは、毒ガス兵器のマスタードガスが名前の由来とされています。英語名はWeezingであり、喘息(ぜんそく)の意味のWheezingから来ているようです。毒ガス兵器というより工場排煙に近いイメージで訳されたのでしょうか。
子供向けのゲームで「毒ガス」という過激な表現は避けたものと思われます。
アメリカ的な考え方ですよね・・・
防御種族値が高く、おにびやいたみわけといった補助技を覚えるため、対戦環境ではマイナーながら物理受けとしての役割が期待できます。さらに通常特性・ふゆうを持つため、弱点が実質エスパータイプのみという意外と優秀なタイプとなっています。
特性:かがくへんかガス について
「かがくへんかガス」は第八世代(ソード・シールド)でガラルマタドガスとともに初登場した特性で、場に出た時に発動し、自分以外の特性(一部を除く)を無効化する強力な特性です。第八世代から原種マタドガスにも通常特性としてかがくへんかガスが追加され、マタドガス系統の専用特性として知られています。この特性の使い方としては、ちからもちのマリルリなど特性に依存するポケモンを弱体化したり、ダブルバトルで味方のデメリット特性(レジギガスのスロースタート、ケッキングのなまけ等)を打ち消す等が知られています。特に、原種マタドガスとレジギガスの並び(通称ギガスドガス)は強力なギミックとして有名でした。
一方で、ポケモンの世界ではかがくへんかガスという言葉は初代赤緑版の頃から存在し、ポケモンカードゲームのベトベトンが持つ特殊能力として登場していました。当時私もポケモンカードを集めていたので、大人になって第八世代でかがくへんかガスに再開した時はテンション上がりましたね。
かがくへんかガスは漢字で書くと「化学変化ガス」となります。たまに構築記事やブログなどで「科学変化ガス」と表記されていますが、そもそも「科学変化」という言葉は使われないので注意ですね。化学変化による過程を化学反応と言いますが、化学変化ガスとは化学的に物質に変化を与えるガス、という特性だと考えられます。じゃあ、そのガスとは具体的に何物なんだ?と思ったので現役の化学研究員が考察してみました。
かがくへんかガスは中和ガス?
英語版のゲーム内でかがくへんかガスは”neutralized gas”となっています。”neutralized”は「中和」と訳すことができ、化学の分野では酸と塩基(アルカリ)を混ぜて中性にする「中和反応」が真っ先に頭に浮かびます。
一方ポケモンの世界では「アシッドボム」やダイマックス技「ダイアシッド」など、酸(acid)に関わる技が存在しますが、”neutralized gas”の特性の効果とはイマイチ合いません。ゲーム内での特性の効果から考えると、制作側の意図としては”neutralized gas”はポケモンの特性を「中和」して何もない状態(=特性が発動しない状態)にするということだと予想できます。
ガラルマタドガスの図鑑の説明では
大気の 汚い 成分を 吸収し きれいな 空気を フンの 代わりに 吐き出している。
ポケットモンスター・ソードの図鑑説明文より
とあるので、中間(neutral)状態に戻すガスという意味で、中和するガス=汚染された空気を中和するということにも掛かっているのでしょう。
中和ガスって、どんなガス?
では中和ガスとは具体的に何なのか、化学的な視点から考察してみたいと思います。今回私はマタドガスの名前の由来とされるマスタードガスに着目してみました。まずはマスタードガスの化学構造から見ていきましょう。
マスタードガスは硫黄原子と塩素原子を持つ有機化合物で、ガスと呼ばれるものの常温では液体の物質です。高純度なマスタードガスは無臭だそうですが、不純物が混ざっているとマスタードやニンニクのような臭いがすることからこの名前が付きました。硫黄を含む有機化合物は臭いことが多いため、図鑑でも臭いと説明されているマタドガスの性質とも合致しますね。
また、マスタードガスは化学兵器として戦争で使用された経緯があり、反応性の高いアルキルクロリドと呼ばれる化学構造がタンパク質内の窒素原子(アミン)等と反応して皮膚や粘膜を冒すだけでなく、細胞内でDNAの塩基配列とも反応し発がん性のある化合物です。
毒ガス兵器から抗がん剤へ
さらにマスタードガスは造血器にも障害を起こすことが知られていましたが、この造血器への作用を応用して白血病や悪性リンパ腫(血液系のがん)に対する抗がん剤としての研究が行われました。その中でマスタードガスの構造を少し改変したナイトロジェンマスタードという化合物が生まれ、がん細胞を殺す(細胞毒性を示す)最初の抗がん剤となりました。
その後、東京帝国大学・医学部薬学科教授の石館守三と東北帝国大学・医学部病理学教授の吉田富三によってナイトロジェンマスタードからさらに誘導し、毒性の低いナイトロジェンマスタードN-オキシドという化合物を合成しました。かつて日本国内でも商品名ナイトロミンとして発売されて臨床現場で使用されていました。
その後、ドイツでナイトロジェンマスタードから進化させたシクロホスファミドが合成され、いわゆるアルキル化剤という抗がん剤の大きなカテゴリとなりました。それから複数のアルキル化剤が開発され、現在でも抗がん剤として第一線で使用されています。
毒ガスとして軍事利用されていた化合物が、ヒトのがんを打ち消す(中和する)薬になったという興味深いストーリーです。毒ガスポケモンのマタドガスが化学変化を起こして汚れた空気を浄化するという図鑑の説明と重なるような気がしませんか・・・?
まとめ
今回はマタドガスの特性、かがくへんかガスについて化学的な視点で考察してみました。毒ガスポケモンと言われるだけあって、名前の由来となったマスタードガスは危険な物質です(そりゃ悪名高いロケット団も使いますよね・・・)。
一方でその反応性を逆手に取り、抗がん剤として「中和」する医薬品として世に広まったのも興味深いです。まさに毒と薬は紙一重ということを実感できる事例です。もしかしたら、ポケモンの世界の医療現場ではマタドガスのガスを応用してがん治療に使っているのかもしれませんね。
こういう歴史的な事実も含めて化学変化ガスの英訳が”neutralized gas”になったのなら、ポケモン用語の由来は奥深いなぁ・・・と本当に感心させられます。
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